スイミング考

 


僕は優秀なインストラクターのおかげで、たった2時間で
クロールで25メートル泳げるようになった。
そして一ヶ月で50メートルも泳げるようになった。
その後一年、如何に努力しても苦しくてそれ以上泳げない。
周りの人が色々アドバイスしてくれるが進歩しない。

ところがある時、プールサイドで他の人の泳ぎを見ている
うちに、ああ!  ついに偉大な発見をしてしまった。

「だれでも人間は泳げる」ものではないと!


陸上で太古の昔から棲息している人間なのだから、実は
まったく泳げない人種がいても不思議ではないことに
気付いてしまったのだ。


ヒマラヤの麓の元雪男やロッキー山脈のインデオ、ジャン
グルの何とか族や東北の山奥のマタギなど、何世紀
も海も湖も見ることなく暮らしてきた種族があっても不思議
ではない。当然彼らは泳ぐことを知らない。


水辺に棲息した人間のようには進化を遂げていないのだ。

水辺に棲息しないDNAをもった人間が近年世界中に散っ
ていったがこの程度の時間では進化は出来ない。
彼等は今いくら頑張っても50メートル泳ぐのが限界なのだ。


ああ!かのダーウィンも気がつかなかったその秘密を今僕が
発見してしまった。


進化をとげた人間の代表にメダリストの北島選手がいる。
彼は手の平に水かきが出来つつあるというではないか。


水泳教室で挫折して来なくなった子や、プールサイドで寝
転んで決して泳がない娘。そういえば、あの俳優も、あの
大統領も、幼馴染のあの子も、そして僕も..。
ほら、周りにもいるでしょう。


これは世紀の大発見かもしれないぞ。


ガレリオもニュートンも偉大な発見者は最初は世間からは
狂人扱いだった。
僕も世間の非難を甘んじて受けよう。


今世紀の大発見として近々、某国スポーツ科学研究機関が
気づき「人類の何パーセントかは、いまだ水泳にはむかず、
故に努力しても50メートル以上は泳げない人種がいて、
彼らには後千年は進化に時間がかかる」
となり、薬局で簡単に検査できるものが売られ、お母さん達
はわが子を無駄にスイミングスクールに入れなくて済む。


そして未来の教科書に発見者として僕の名前が載るかもしれ
ない。




とまあ、50メートルの壁が破れない僕は、今日もプールサ
イドでため息混じりに無駄な努力をしています。