ミステリーツアー
ツアーの誘いの広告に「とある当社Aランクリゾート温泉ホテルに泊まり、とある珍しい工場見学、
とある地元の名物昼食を食べ、とあるあまり行かない名所を見物。翌日はとある有名リゾートホテ
ルのフランス料理の昼食・・・」
この“とある”に惹かれて、とある初秋のとある日、ミステリーツアーに参加することにした。
大船をバスは国道一号線を西に向かう。
添乗員さんは「今日の行き先はさてどこか当ててください」「愛知県!」「静岡県」「三重県!」
などと声が飛ぶ。
しかし、途中新しい高速道で八王子に向かう。
「山梨県?」「長野!」「岐阜県」通り越して、関越ジャンクション。
「新潟県」「富山県」アレレ東北自動車道?
大体、ミステリーツアーに参加する人のタイプを考えてみる。
こだわりが無い、おおざっぱ、後悔しない、覚えようとしない、何でも食べる、推理好き、柔軟、
勝ったことないのにギャンブル好き、この値段だもんなあと何にも期待してない人、・・・、ウ
ンウン!僕のことかあ!
那須高原を通り過ぎたところで、福島県に行きますとのお言葉。みんな「ふーん」という反応。
会津若松市内に入って昼ご飯はお城のそばで郷土料理です。とのこと。
時は一時半。お腹がすいているので「わっぱ飯」とやらを黙々と食べる。
添乗員さんが「お城見物か買い物かどっちかにしてください」前もっての説明がないので「何て
言う城だっけ・・・」などというこだわりのない人達のツアーは気楽だ。
僕はお城見物(見学では無い)を選ぶ。
城は石垣が良い。お堀の水辺に周りの景色が映えて美しい。
トンボの群れを久しぶりに見る。「秋かあ・・・」
「次は珍しい工場を見学します。ランドセルを作っている工場ですよ」本当に、何でここに連れ
て来られたか今でも解らない。
言われるままに、スリッパに書き換え、コンピュータに制御された工場を周る。
何が何だかわからないうち終わる。みんなボーとしながら工場を出る。
買うはずもないし、試着も出来ないし・・・、正にミステリー企画。
高原の工場の外はコスモス、ススキ、アワダチソウ、・・・、「秋かあ・・・」
バスは実りの秋を象徴する黄金色が続く中を走る。
この辺りは台風の影響もなかった様で、お百姓さんはホッとしてるだろう。
愛情込めて育てた稲をコンバインで刈り取っている人が見える。
今晩の晩酌はさぞ美味かろうなあ。ミレーの絵を思い出す。
ところが突然「有栖川宮御別邸」という所に案内される。
白亜の木造洋館は林の中に建っていた。
明治41年、親王殿下が旅行されてて、ここに別邸を建てたい!と申されたとか。
その後、大正天皇が「天鏡閣」と命名。昭和天皇も新婚時代ひと夏滞在、・・・。
こんな由緒正しきところへ、何の予備知識もなく、安物のスリッパペタペタさせて上がり込んで
良いものだろうか。
磨き込まれた家具、調度品が時代や歴史に想いを馳せる。うん、ミステリーだな。
バスは裏磐梯に向かっているが、今夜の泊まるホテルをまだ言わない。
添乗員さんがオフレコで話してくれたのが「我が社も含めて、ほとんどのツーリストがAランク
に泊まると行っても、JTB さんだとBランクですね」
定年前まで元JTB社員だったそうで、多分今はバイトの添乗員さんの屈折した心情が言わしめた
のか。という事は今夜の宿はBランクだな。
ようやく宿に着く30分前に泊まるところが分かった。
裏磐梯の五色沼の側のリゾートホテルだった。
家族に泊まっているところを連絡しなくてはと、パンフレットを探してもない。
あれ、浴衣の文字が違うホテル名になっている。
演出とも思えず、フロントのおねーさんに聞きにいったら、つい最近ホテルの名前が変わったと
のこと。
パンフレットもまだ無くボールペンでメモ用紙に書いてくれる。
Wi-Fiも前のホテル名で設定してようやく繋がる。
ミステリーですねえ。
温泉も食事も従業員の一生懸命さも好感だったよ・・・。
翌朝、「有名な五色沼などは勝手に散策楽しんでね」と素っ気ない。これこれ!
僕は油断して、朝寝坊してしまったので、温泉も、散歩もパス。まあ良いか。
何とか朝御飯をすませ、9時半出発。
名もない様な池(湖)を見学。これこれ!
今日の工場見学は造り酒屋。試飲し放題。これこれ!
買わないわけには行かんよなあ。これが正しい見学です。
昼飯はまた裏磐梯に戻りA ランク(?)ホテル「裏磐梯グランデコ東急ホテル」でのミニ、フラン
ス料理。
周りの景色が素晴らしい。
高原の木々の間に銀色に光るのはススキの原。
広い芝生の隅にバドミントンのセットが置いてある。
ここに泊まる客が、キャーキャー言いながら楽しむのだろうなあ。
Aランクのホテルに泊まるAランクのお客を想像しながら、僕たちはうつむいて言葉静かにBラン
チを食べ終わる。
今、バスは昨日来た道をもどりつつある。
紅葉を準備している木々に混じって、竹林の緑色が鮮やかだ。
正に「竹の春」竹が一番綺麗な時だ。
もうすぐ旅は終わる。
バスは高速道路上、帰りを急ぐ。
ミステリーはもう無さそうだな。
添乗員さんは無口。
参加者も無口。
さて、僕もタブレットを閉じて少し眠ろう。